World Trip

Colonia Yguazu, Paraguay

Colonia Yguazu, Paraguay
23~28.01.2013

ボリビア、サンタ・クルスから、パラグアイはアスンシオン行きの国際バスに乗り込んだのは21日19時。
なんとなく遅れて、出発したのは20時半。
あってないような予定到着時間を、まあ予想通り6時間遅れて、22日23時、アスンシオン到着。

到着したアスンシオンで早速パラグアイの通貨「グアラニー」を下ろす。
1ドルで4,200グアラニー。桁数が多い。
(ちなみに僕は海外でお金を下ろす時は、「楽天銀行」か「新生銀行」のデビット・カードを使ってます。)

24時発、シウダー・デル・エステ行きのチケットを取る。

ターミナルのプラット・フォームで、最近また始めた煙草を吸いながら、アスンシオンの夜空をぼけっと見上げる。
長時間移動後の、知らない国の夜空は、僕をどうしてもおセンチ野郎にするのだった。

運転手に
「km42(キロメトロ・クアレンタイドス)」
と告げる。
途中下車する必要があるのだ。
出発したバスの中、逆側の座席では、カップルの白熱したペッティングがすすむ。
見ないフリしてじっくり見る。

23日朝4時半、「イグアス日本人移住地」到着。
まだ真っ暗の空。星がきれい。
片目がつぶれた男性が、国道7号線沿いで煙草を吸っていた。
僕もいっしょに一服。
日本人会館の場所を聞くも「知らない」とのこと。
仕方なくブラブラ歩く。
日本語で書かれた標語を、日本の裏側パラグアイで見つけ、なんだか無性に感動した。
ほどなくCOOPを発見。銃を持った警備員。この辺が日本と違う。お願いして店先で少し眠る。

7時にオープンしたCOOPは日本食材だらけ。
大好きなどら焼きを発見し、購入。
これがびっくりするくらいうまかった。
その後日本人会館に挨拶に行き、日本人宿「ペンション園田」へ。

宿のオーナー園田さんに、移住時のお話を伺う。
苦労話、想い出話、そして未来の話も。
移住史料館で聞く当時の話は、とてもリアルで、ゼロからこの土地を切り拓いた移住者の皆さんの苦労はとてもじゃないけど僕なんかには想像できない。
心から尊敬します。

「ギアリンクス」( http://www.gialinks.jp/ ) のことも聞いた。
ふるさとの岐阜県がパラグアイとつながっていたなんて全く知らなかった。
パラグアイで日本人移住者が生産する大豆は、日本が各国から輸入している大豆の量を軽く超えるらしい。
他の国から輸入するよりお互いにとってずっと素晴らしいだろうに。
日本って変な国だね。

広大な大豆畑も見学させていただき、不耕起栽培のことも学んだ。

それからは、おいしい日本食を食べたり、宿の旅人の皆さんとシェア飯したり、近所の皆さんも集まってくれてライブしたり、こちら在住で僕の曲を3年間も着メロにしてくれていた(!)方に会ったり、それでまた歌ったり。うまいラーメンを食べたり。
毎日旅人と語らい、情報交換。

しかし色んな人がいるもんだ。
ほとんどの人が世界一周中。
あのアルゼンチンはアコンカグア(6962m)に単独ガイドなしポーターなしで登頂した2年も旅を続けている女の子(彼氏募集中)や、世界一周ブログランキング上位の女の子や、フランス料理のシェフや、現場監督や、この場所への移住を考える男や、プログラマや、プロ顔負けの料理好きや、夫婦や婚前カップルや就職前の若者や、事務所とレコード会社辞めて妻を日本に残して旅する思春期のゼロ地点シンガーソングライターや。

当たり前のことだけど、旅では好きな人にも苦手な人にも出会う。
でも学ぶことはどちらにせよ多い。
そういう瞬間を見逃さないようにしたい。

旅の面白さと、
人の面白さと、
真夏のイグアス移住地、
バッチリ満喫しました。

次に向かうはブラジル。
ついに、ブラジル。
尻フェチだからってだけじゃない。

どこかで会おうよ。
きっと楽しいよ。